小桃の占星術脳。

小桃のココロとの向き合い日記

ブログ終了のお知らせ

小桃という名前で、昨年8月からブログ(旧ブログを含め)を続けてきました。続けてきた…といってもほとんど更新をしていないので、大きな声で言えませんが(^^;)

 

それでも、拙いブログに訪問してくださる方々にはお礼を申し上げます。

ありがとうございます。

 

ブログを止めるからといって、占星術を止めるわけではありません。

鑑定などの活動は、僅かですがじつは密かに地味に行っています。ご縁のある方、必要としてくださる方のために、いまの自分ができることをさせていただいています。そして、少しずつ…本当に小さな歩幅ではありますが、ひとつひとつの与えられた経験を通して精進していけたらと思っています。今後、小桃という名前で占星術活動をすることは今のところ考えていません。ゼロから自分の力でやれるところまでやってみたいという気持ちと、更に前に進むためにそうしたいと思うからです。

 

今まで応援してくださった皆様、助力くださいました皆様、

本当ありがとうございました。

 

 

5/29 射手座満月

5月29日 23時18分頃 満月。

 

サビアンシンボル

母親が小さな自分の子を導き、急な階段を一段一段ゆっくりと昇らせる

 

【満月チャート自己解釈】

ひとりでは成し得ないことも、協力者や援助してくれる人の存在があればなんとかなる。

古い秩序・古い体制を保ち続けることで得る安定・安心はあるけれども、それらを破壊し、新たな目標に向かって自由を掴み取りに行かなくてはならない。ひとりで行うのではなくて、誰かと手を取り合うべき。

5/22 上弦の月

前回の5/15新月記事からお読みいただくと、関連していますのでご理解いただきやすいかもしれません。

 

12時48分頃 乙女座1度 上弦の月

 

サビアンシンボル

大きな白い十字架から見下ろす土地の全景

 

☆☆☆

 

古い価値観を捨て、新しい価値観を得るために戦うとき。

今までまかり通っていたことは、もう通用しないのだと知らしめる。自分を縛り付けていたものや環境から脱却し、自分というものを解放するための戦いです。サビアンシンボルの大きな白い十字架から見下ろす土地の全景ですが、一般的には色々なきちんとした解釈はありますが、このサビアンの意味だけではなく、5月22日の上弦の月チャート全体として見たときに、私はこの白い十字架を、目には見えないけれども存在している裁判所のようなイメージが浮かんできました。罪を断罪し、審判を下す場所です。穢れなきもの。

 

安定を得るための革命は、まず新しい価値観の取得に向かって動き出します。知性を手にしながら、話し合いの席につくでしょう。そして、そこでは穢れなきものが勝利を得るでしょう。

 

5/15 牡牛座新月

5月15日 20時48分頃 牡牛座新月

 

サビアンシンボル

広い公共の公園

 

新月後、翌16日0時17分には天王星が牡牛座へ移行します。牡牛座の新月サビアンシンボル25度という牡牛座の要素が凝縮された度数で発生することからも、牡牛座の強調と見ていいのではないでしょうか。

 

☆☆牡牛座の特徴☆☆

所有すること、獲得することに関与します。

自分の才能や自分の価値観なども、所有するものの一つ。牡牛座は、体験学習の中で自らの才能に気付き、自らの価値観を見出していくので、時間はかかるもののそこから獲得したものには揺るぎない自信や安定が生まれます。ときには、それが執着になり頑なさになることもあります。得たものを保守しようとするためですね。ですが、確実に慎重に積み重ねていくことで得られるものがあるのです。

 

☆☆☆

 

天王星は変化や改革の星ですが、それが牡羊座にあると、どちらかというと後先考えずにとりあえず「やっちまいな」的な促し方をしますが、牡牛座ではそうはいきませんね。確実に何かを得るために目標に向かって改革を起こしていくでしょう。牡牛座はもともと変化を嫌いますが、安定を得るための変化・改革といったところでしょうか。それまで自分が所有していたものに変化が起こるかもしれないし、自分の所有するものを守るために改革を起こしていくのかもしれません。

 

サビアンシンボルの広い公共の公園ですが、安定と豊かさを象徴するかのようなシンボルです。安定や豊かさを得るためには、それなりの時間や意欲が必要になるでしょう。また、いつも何かを諦めて侵略を許している人にとっては何かを守るために権利を主張する・戦う・訴えるということが必要になり、また頑なに何かを取られまいと必死になっている人にとっては、自分が必死に離すまいと掴んでいるものは本当に必要なものなんだろうかと手綱を緩めることが必要かもしれません。

 

 

5/8 下弦の月

11時7分頃 水瓶座17度 下弦の月

 

サビアンシンボル

人間の秘密の動機が公的に仮面をはがされつつある

 

スキャンダラスな印象ですね。サビアンもそうですし、チャートを見てもチラホラ「秘密」という言葉が引っかかります。

 

4/30満月チャートもそうでしたが、ここでもやはり人と人との繋がりが強調されていて、それも目立った形で意識されやすいのではないかと思います。自分の中だけに蓄積していたものを、恐れずに手放していかなければならない、そんな気がします。他人には、公にしていなかったことが(もしかしたら自分自身ですら無自覚なことが)他人を通じて、世間に明らかになる。

 

何かが明らかになることは、大きな心の痛手になるでしょう。けれど、いつバレるだろうかと不安に怯えながら生きるよりは、一層のことバレてしまったほうが楽です。失うものもありますが、得るものもあるのです。正確に言うと、失ったように見えて実は何も失ってなどいないのかもしれませんね。

 

心の断捨離を。

松岡昌宏さんのホロスコープ

TOKIOのメンバーの中で、わたしが一番関心を持っていた方でした。

好きとか嫌いとかそういうのではなく、単に人として「興味深い」というか、なんとなく。男気溢れた男っぽい人だな、という印象を持っていました。

 

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ホロスコープを拝見します。

ミーハーみたいでちょっと抵抗があるのですが、どうしてもあの記者会見での松岡さんの言葉や抑えきれず溢れてくる感情が、胸に刺さって仕方ありませんでした。

 

太陽、水星、火星が山羊座

太陽と土星がミューチュアル・レセプション(交換配置)。

金星と木星もミューチュアル・レセプション。

月は乙女座or天秤座。

なるほど、と思わずめちゃくちゃ感心してしまいます。

 

山羊座はストイックな性質を持つ星座で、厳しい面を持ちます。山羊座とか土星の影響が強い上に、さらに別の観点から見ても、この方は義務感とか責任感というものをかなり強く持っておられるのではないかと思います。

松岡さんの場合、ひとことで言うとズバリ、一家の大黒柱「がんこ親父」ですよね。がんこ親父なんだけれども、懐が深くて、公明正大。温かくてめちゃくちゃ優しいはずです。がんこ親父でありながら、面倒見の良い母親のようでもあり。水星と火星がコンジャンクションしているので、それが非常に現実的でストイックな厳しい言葉にもなりますが、その言葉の出所には深い愛情がある、ということが感じられます。

 

男っぽい印象が強かったので、もっと男性星座が割合を占めているのかと思っていましたが、そうでもない。山羊座は女性星座ですが割りと男っぽいですし、(ちょっとオーブは緩いですが)火星と冥王星のスクエアが男くささを出すのかな、とも思います。火星と冥王星アスペクトを持つ男性って、やはり男っぽさ(男性的な色気)を感じさせるような印象がありますよね。アスペクトの出方にもよりますけど。

 

記者会見を見て、なんとまぁ男前な人かと思いましたが、ホロスコープ拝見して納得です。思わず惚れてしまいそうになりますね。

 

追記

後から調べてみてわかりましたが、松岡さんの出生時間は判明していたので、月は乙女座で確定です。なるほどなー、地のグランド・トライン。私自身も地のグランド・トラインがあって、月は同じく乙女座。コンジャンクションしまくりです。どうりで…(笑)

 

その他もろもろ見てみても、これはちょっと…私のタイプです(爆)。

妥協と受容の違い

妥協と受容の違いについて考えています。

 

妥協という言葉の意味を改めて調べてみると、互いの意見などが食い違ったときに、本当は不本意なことではあるが、窮地を打開するために、自分の主義主張を取り下げ、相手に一歩譲ることとありました。

 

人間関係、いろいろありますよね。

職場などでも上手くやっていこうと思うと、やはりそれなりに妥協しなければやっていけないことも多いと思います。誰かに対して、ものすごい理不尽さや腹立たしさを感じたとしても、相手が自分の主義主張を曲げなかったり、己の人間性を問題視・客観視することがなければ、もう一方が諦めて譲歩するしかないことも多々あります。世の中、そうやって妥協して調和を保ってくれる人たちが存在するからこそ成り立っているのだなと思う今日この頃です。そうでなければ、あちこちで諍いや争いが起きることでしょう。

 

ただ私が思うのは、妥協できる(自分が一歩引き下がる)というのは大変に素晴らしいことだと心から思うのですが、時と場合によってその妥協は果たして本当に正しいのかどうか?ということです。正しいか正しくないか、極端に判別するものではないとも思いますが。

 

例えばですが、人間性に問題がある人に対して周囲の人が妥協し続けることが良いのかどうか。妥協しているのであって、それは決して受容しているわけじゃないのですから。妥協できる人間ばかりじゃないですしね。そこをきちんと本人が理解しない限り、己の人間性を改める機会が得られないのではないかと思うんですよね。周りが妥協して問題を指摘せず「ことなかれ主義」でいる限り、いつまでたっても自分の問題点に気付かないんじゃないかと。そうすると、その問題のある人間性は放置されたまま、その被害に遭ってしまう人は後を絶たないわけで。まぁ、その、指摘したところで改めるかどうかというのは本人次第なのですが。(※問題のある人間性とは、たとえばですが、周囲の人を傷つけるような言動・行動が度々見られるなどです。)

 

そういう視点で言うと、自分の欠点や問題点などをきちんと指摘してくれる人というのは有難くて、厳しいけれども愛情があるからこそなんだと思います。愛の鞭は、打たれるほうも痛いですが、打つ方の心も痛いものです。言いにくいことをあえて言ってくれる人は、受容してくれる人。心を痛めながら言ってくれているのか、それとも単に傷つけてやろうとして言っているのか、ちゃんと相手を見ればわかるはずですよね。でも、家族でもない限り、そういう風に受容してくれる人は少ないと思います。職場なんて特に。みんな保身のために妥協していたり、波風を立てたくないから妥協しているだけであって。

 

問題のある本人は、そうやって妥協されているとも知らず、誰かを傷つけながら生きているとも知らず生活していくわけですね。それが本人にとって良いことなのかどうかは知ったこっちゃないですが、被害に遭う人間がいるということは、やはり知っておかなければいけないことだと思います。知らないのなら誰か教えてあげなければいけないとも思います。誰かに言われなくても、本当は自分で気付いてほしいですけれども。